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38.
日仏交流150周年
2008年は日仏交流150周年ということで、7月にパリ国立オペラの初来日公演、そして秋にはピカソ展も開催されるなど様々なイベントが予定されています。つい先日はその一環として、フランスのフランソワ・フィヨン首相が日本を訪れ、天皇・皇后両陛下や福田首相とも面会したそうですね。
日仏交流150周年と言われてもなかなかピンと来なかったのですが日本とフランスの国としての付き合いが始まったのが今から150年前の1858年、つまり幕末。そう、今年のNHK大河ドラマ「篤姫」とほぼ同じ時代です。幕末・開国というと、アメリカのペリーのことをまず思い出しますが、同じ頃フランスも日本に関心を持っていたんですね。ジャン=バチスト・ルイ・グロ男爵がフランスから日本に使節として派遣され、1858年10月9日、両国の最初の修好通商条約が調印されたのでした。ちなみにこの頃のフランスは皇帝ナポレオン3世の時代。セーヌ県知事だったオスマンと共に、パリを大改造し、現代にまで繋がる近代的な街づくりを推進していました。そのフランスから江戸に渡ったこの男爵が、どのような目で日本そして日本人を見ていたのか、とても興味深いところです。
萩原朔太郎が「旅上」という詩で「ふらんすへ行きたしと思へどもふらんすはあまりに遠し」と歌ったのは20世紀はじめでした。21世紀になった今、フランスやパリに一度でも行ったことのある日本人はものすごく多くなりましたよね。
一方、日本びいきのフランス人として有名なのは、彫刻家カミーユ・クローデルの弟で1921〜24年まで在日フランス大使だったポール・クローデルなどが挙げられますが、やはり、フランス共和国大統領を務めたジャック・シラク以上の大物親日家はいないでしょう。普通のフランス人にとって、まだまだ日本は遠くて未知の国。この150年は、どちらかというと日本がフランスに片思いを続けてきた歳月だったのかもしれません。
ここ十数年のうちに、フランスで日本の文化がずいぶん評価され、愛されるようになってきたのも事実。日仏交流150周年をひとつのきっかけにして、2つの国が両思いに近づいていったらいいですね。
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