|
フランス
人でそういう経験をしたことのある人はとても珍しいでしょうね(笑)!それから一旦パリに戻ったんですか?
パリに戻ってコンピュータグラフィックの仕事をしていたんですが、自分がボーカルをしていたバンドとの両立が難しくなって会社を辞めたんです。それからはサンタンヌ通りのうどん屋さんでバイトしながら、ライブ活動を続けていました。
そして日本
へ・・・
ワーキングホリデーで京都に1年暮らしました。京都は一番好きな街ですね。いいライブハウスも多いし、
動きやすい、ちょうどいいサイズだし。ここで、枝魯枝魯というお店で働いたことが、今回の「遊鈴」オープンのきっかけになったと言ってもいいと思います。
枝魯枝魯といえば、「くずし割烹」で有名な、京都でも予約の取りづらいお店ですよね。
カリスマ的存在の料理人、枝國栄一さんのもとに、熱意のあるスタッフが集まった、ある意味「体育会系」のお店ですね。もたもたしていると下駄で蹴られたり、とても厳しい環境でしたが、勉強になりました。なにしろ、スタッフになりたいという人が日本全国から集まってくるようなお店でしたから。
正直言って、フランスの方がそういう「体育会系」の雰囲気に耐えられるというのが、ちょっと想像つかないのですが・・・
フランスでも職人の世界というのは同じように厳しいものです。だからフランスだから、日本だから、という国の違いは関係ないと思いますよ。
|