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東京のコルドン・ブルーはどんな感じ?
パティシエ志望というよりは趣味で楽しんでいるという生徒さんも多くて、比較的のんびりしていました。一方、授業の内容はまるで本を読んでいるような細かさでしたね。
この時期、新宿にあったデザート屋さんでアルバイトをしていたのですが、やはりお菓子やデザート作りは体力勝負なところも多く、男の世界!ということを実感しました。私のなかのお菓子のイメージとは、やはりかけ離れていくんですね。甘く優しいイメージのお菓子の楽しさを伝えてゆくお菓子研究家になりたいという気持ちがより強くなりました。
それからフランスに留学したんですね?
フランスには97年秋から99年春までいました。まずはパリのコルドン・ブルーでお菓子の授業に通い、その間にジェラール・ミュロで研修もしました。パリのコルドンは東京とくらべて説明が大ざっぱ。「なぜそうするのか?」と聞いても、答えは「いつもそうしてるから」ということも。でも次第に、そういう大ざっぱさも時には有効なんだな、ということを学びましたね。
ずっとパリにいたんですか?
実はパリで現在の夫と知り合い、途中で彼が住んでいた大西洋岸のラ・ロッシェルに引っ越しました。ラ・ロッシェルではあるレストランのデザートを担当していました。地下で黙々とお菓子作りをしていたミュロでの研修より、自分の作ったデザートを食べるお客様の姿が見えるこのレストランでの研修は自分に合ってましたね。
ラ・ロッシェルはどうでしたか?
やはり地方都市はパリと比べると美味しいお菓子屋さんがぐんと減るので、それは辛かったですね。もともと外国人が少ない場所なのでフランス人に囲まれて生活していました。自分のお菓子を「本場」であるフランス人に美味しいと言ってもらえたのは自信になりました。
そうして修業時代が終わり・・・
99年春、一旦実家のある福岡に戻り、友人のオープンするカフェのお菓子を担当しました。それから半年ほどして東京に移りました。
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